政府は3月21日、第193通常国会にいわゆる「共謀罪」に関する規定を新設する組織犯罪処罰法等の一部改正法案を提出し、衆議院は5月23日、同法案を委員会での強行採決を経た上で可決した。参議院では5月29日、法案の審議が実質的に開始されている。
私たち全国大学高専教職員組合は、高等教育機関ではたらく教職員で組織する労働組合として学問の自由や労働基本権をはじめ基本的人権の保障を必要不可欠の基盤であると考える立場から、同法案の審議を重大な関心をもって注視してきた。
私たちはこの立場から、同法案は次の理由により今国会においてただちに廃案とすべきものと考える。
1.市民一般の広範な行為が捜査・処罰対象とされ、自由な活動の委縮を招く
政府は、法案提出理由を国際的な組織犯罪の取締りに関する国連条約を批准するための必要最小限の国内法整備であるとし、また本法案によって新設される犯罪類型を「テロ等準備罪」と通称させるなど、あらゆる機会をもちいて本法案による捜査・処罰の対象が国際的な犯罪組織やテロリズム集団に限定されるもののごとく主張してきた。
しかし、衆議院での質・量ともにきわめて不十分な審議の中においても、この法案で処罰対象となる「組織的犯罪集団」の活動の遂行のための計画、準備などの行為の範囲はきわめて広汎かつ曖昧であり、市民のありとあらゆる活動が、「組織的犯罪集団」の遂行する犯罪の計画や準備行為に該当しうるものとして捜査の対象とされるものであることが明らかとなった。
戦前及び戦中の日本における言論、思想への弾圧立法として捜査機関に著しく濫用された治安維持法においては、1928年の改正法で挿入された「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為」を罰する規定が、政府にとって不都合なありとあらゆる言論、思想を取締りの対象とする上で重大な役割を果たした。
今回の法案は、捜査機関による濫用の危険を排除できないものとなっている点でこの治安維持法の規定と同様の性質をもち、結果として捜査や処罰を恐れる市民の自由な活動の大幅な萎縮、ひいては思想・良心に対する抑圧をも招きかねないものである。
2.専門的立場からの忠告・助言を無視した暴走立法
この法案に対しては、国会提出以前の段階ですでに多数の刑事法学者、法律家などの専門家から危惧が表明されており、それらの中では、上に述べたような市民的自由への不当な束縛への懸念だけでなく、法案提出理由である国際条約の批准にあたってはこのような広範な「共謀罪」の立法措置は必要としないことも明らかにされていた。
また、5月18日、国連人権理事会に任命されたプライバシー権に関する特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏は、この法案の幅広い適用の可能性によってプライバシー権が特に影響を受けるとの危惧を表明し、日本政府に見解の明示と情報の提供を求める書簡を発出した。
しかし、法案の国会提出以前、以後いずれにおいても、政府はこうした専門的立場からの意見に耳を傾ける態度を見せていない。ケナタッチ特別報告者の書簡については外務省が抗議を行うなど、書簡を発出したこと自体に強く反発してさえいる。
新たな犯罪類型を創設したり、捜査機関の捜査権限を拡張したりするような立法措置にあたっては、基本的人権を不当に損なうことがないよう、専門的な知見に基づく慎重な考慮を要することは当然である。もし、このまま法案を成立させるようなことがあれば、それは人権保障のための専門知の存在理由を否定するものである。
私たち全大教は、このような共謀罪法案を今国会において廃案とさせるための運動の一員として力を尽くすとともに、広く市民に対して、共謀罪法案廃案のための運動にたちあがることをよびかけるものである。