高等教育無償化をすすめるにあたり
すべての国民の学ぶ権利の保障と大学自治の尊重を求める
2018年2月16日 全国大学高専教職員組合中央執行委員会
2017年12月、政府は『新しい経済政策パッケージ』を閣議決定しました。その中で、全世代型の社会保障に転換する、人材に投資する「人づくり革命」を進める、として、幼児教育無償化(2019年開始)とならび、高等教育の無償化を2020年4月から実施するとしています。その具体的施策としては、住民税非課税世帯の子供に対して授業料減免措置を拡充すること、及び給付型奨学金を学生個人に措置することを掲げ、それに加えて、住民税非課税世帯に準ずる世帯の子供へもこれらに準じた支援を行う、などとしています。
日本は、公的な給付型奨学金が2016年度まで存在せず、家計に余裕がなければ子どもを大学にやれないという、高等教育進学への経済的格差を温存してきた世界的にも異常な国です。給付型奨学金は2017年度にようやく開始されましたが、対象は住民税非課税世帯(年収約250万円未満)、措置される額が月額2万円~4万円とまったく不十分な状態です。
全大教は、学びたいすべての人が学びたい時に学べる社会を実現するために、給付型奨学金とならび、高等教育の無償化を求めてきました。日本の政府は2012年に、高等教育の無償化の漸進的導入を求める国際人権規約の条項の留保を撤回し、それが国際公約となっています。政府は高等教育無償化を進めるべきです。しかしながら、今回の政策パッケージで示されている高等教育無償化政策には、賛成できません。
政策パッケージで示されている「無償化」は、「少子化対策に資する観点から、高額な授業料負担が出生率の向上に関するネックとなっている低所得者層の支援に限定する。」と明記されており、無償化の対象が極めて限定的なまま改善されていかないという懸念がぬぐい去れません。これでは、国際公約である「漸進的無償化」の最初の一歩と評価することもできません。さらには、いわゆる「出世払い方式」と呼ばれている「HECS」を参考に検討する、ともされており、結局は財源が公的支出によらず、自己負担に求められ、結果として無償化とは名ばかりの制度に落ち着くことになる恐れすらあります。
また、政策パッケージで示されている支援対象者の要件については、高校の時の成績と学習意欲の確認、大学進学後の学習状況による打ち切りの可能性を示し、その指標とするとして大学での成績判定の基準に介入する姿勢を示すなど大きな問題点があります。
さらに重大なことには、支援措置の対象となる大学等の要件について、「社会のニーズ、産業界のニーズも踏まえ、学問追究と実践的教育のバランスが取れている大学等とする。」とされ、その具体的内容として「実務経験のある教員による科目の配置」、「外部人材の理事への任命が一定割合を超えていること」、「成績評価基準を定めるなど厳格な成績管理を実施・公表していること」、「法令に則り財務・経営情報を開示していること」を示し、これらの詳細を例示するなど大学の教育方法、教員の選考、経営層の構成等に介入するものです。
こうした、政府の観点で選別された「優れた大学」で学ぶ「優れた学生」のみを無償化対象とする施策は、大学で学ぼうとする国民の「学ぶ権利」と、成績評価や大学運営に関する「大学自治」を侵害するものです。
この政策パッケージでは、高等教育無償化とは別に、「Society5.0」への対応だとして、大学に対して、研究費の重点配分や人事給与マネジメントシステム改革により「若手研究者の活躍促進」、統括副学長の配置や一法人複数大学、自助努力による多様な資金獲得等によって「大学のイノベーション拠点化」を求めています。これまで推進してきたこうした政府主導の大学改革施策は、大学の教育と研究を改善しないどころか、その活力を下げる結果しかもたらさないことが明らかとなっており、政策パッケージにかかげられた高等教育無償化とともに大きな問題があります。
現在の高等教育をめぐる環境には多くの根本的な問題があります。
財政的には、進学しようとする人が経済的心配を抜きにしては進学できない家計負担の大きさの問題と、大学等の高等教育機関に対して公的な基盤的経費の措置が不足しており、国公私立大学いずれにおいても危機的な経営状況の中、教育と研究の質を保つことが困難になっていることが問題です。
そして政策的には、政府が旗を振る「大学改革」が自己目的化し、教育研究現場の実態とは乖離した、必要のない組織改革等が進められていることこそが問題です。
こうした高等教育をめぐる環境の問題を放置しながら、上述のような、一握りの一方的に選別された大学・学生への支援をもって「高等教育無償化」を行ったと言い、それをアメとして、さらなる「大学改革」を進めさせようとする政策には賛成できません。
高等教育無償化を進めるにあたっては、すべての国民の学ぶ権利の保障と大学自治の尊重を基本に据えたものとすることを求めるものです。『新しい経済政策パッケージ』に示された高等教育政策を直ちに撤回し、こうした原則に基づく新たなビジョンを示すことを求めます。