2023年度概算要求期に先立ち、大学をはじめとする高等教育研究機関のあるべき姿を実現するための予算配分および高等教育政策に関して、下記のとおり要望いたします。
「2023年度概算要求期にあたっての要望書」
2022年5月27日
文部科学大臣
末松 信介 殿
全国大学高専教職員組合
中央執行委員長 鳥畑 与一
貴職におかれましては、文部科学行政、高等教育の充実、新型コロナウイルス感染症対応にご尽力されていることに感謝いたします。
さて、2023年度概算要求期に先立ち、大学をはじめとする高等教育研究機関のあるべき姿を実現するための予算配分および高等教育政策に関して、下記のとおり要望いたします。
記
1.国立大学法人運営費交付金の基盤的経費部分を増額すること
昨今、大学をはじめとする日本の高等教育研究機関の「研究力の衰退」が大きな問題となっております。この間、いわゆる競争的経費の増加や大学ファンドの活用などがすすめられています。
しかし、私どもとしては、日本の研究力衰退の主要な原因は「研究費の不足」であるよりはむしろ「基盤的経費の不足」だと認識しております。とくに、大学等において人件費に充当可能な予算が逼迫しており優秀な若手研究者を安定した職種で雇用できないことや、研究者の自由な発想による日々の教育研究経費が減少していることが問題です。
また、教育研究を支援する事務職員の削減と非正規雇用への置き換えが進んだ結果、研究者が研究に専念できる環境も損なわれています。同一労働同一賃金の考えのもと国家公務員では非常勤職員へのボーナスの支給が進んでいますが、財源不足のためほとんどの大学等では支給されておらず、給与条件が好ましくないのでハローワークで募集しても人が集まらない状況となっております。
そうした状況にあって、優秀な若者が大学院に進学を避ける、博士号取得者が海外に流出するなどの事態も発生しております。これらの点については、大学ファンドを活用した国際卓越研究大学を制度化するための法案審議の中においても、与野党問わず委員から指摘のあったところでもあります。
しかし、大学院、特に博士課程の定員割れを理由として交付金を削減することは、構造上の問題の責任を大学側に転嫁するもので、現場としては納得しがたいものです。
加えて、この数年においては、コロナ禍による物流や人的交流の制限、ウクライナ戦争による資源価格の高騰により、電気代をはじめとする大学等教育研究機関の経常費用が増大しています。それに対応するために、各大学では照明のLED化など出来る限りの設備投資を行うなど努力していますが、必須経費の増大は研究室運営にも支障が生じはじめています。そうした実態を踏まえたうえで、それに対応するための予算配分が必要です。
こうした状況を改善し、日本の研究力を復活させるためには、まずは大学等への基盤的な運営費交付金の必要十分な配分が必要であると考えています。
2.国立高等専門学校運営費交付金を増額すること
国立高専では労働強化の傾向がいっこうに収まっておらず、一刻も早く労働環境改善に向けた見直しが必要です。教職員の雇用や学校運営に最も直結する、基礎的な運営費交付金は法人化時と比較して減少しています。その一方で、特別教育研究経費に関連した「高専の高度化、海外展開、地域貢献」だけでなく、従来からある「教育・研究、学生のメンタルケア、学生寮、部活動」などの業務を積極的に実施していかなければならない状況にあり、ここ数年教職員の多忙化は加速しています。国立大学や国家公務員との待遇格差改善も殆どなく、人員削減まで課され、まさに人的資源の面で、高等教育機関としての安定的な基盤が破壊されていると言わざるを得ません。基礎的な運営費交付金の充実を図ると共に、早急に効率化係数廃止を追求し、それらによって安定した教職員数を確保できるようにすることを求めます。また、2019年10月からの消費税増税に伴い増大した経費を補填する運営費交付金増額の措置を行うことを求めます。
3.公立大学の運営費交付金が適切に交付されるようにすること
公立大学の運営費(交付金)は、地方交付税の中に措置され、地方自治体に交付されています。公立大学(法人)への交付の実態は地方自治体(設立団体)によって様々でありますが、交付金の本来の趣旨に反し基準財政需要額を下回り、公立大学(法人)に十分行きわたっていない場合があります。公立大学が、高等教育を担う大学として十分に役割を発揮できるよう、地方交付税算定に係る単位費用を増額するとともに、公立大学(法人)に交付される運営費交付金については財政需要額等の基準を下回らないよう文部科学省の判断を示し、公立大学の充実に向けて努力することを求めます。
4.大学共同利用機関運営費交付金を増額すること
大学共同利用機関運営費交付金の基盤的経費の削減が続く結果、施設の維持や人材の確保などに困難をきたしています。安定的な基盤的経費なしに持続的な研究活動は困難です。また、人件費に占める競争的資金の増加は、研究者・技術者の雇用を不安定にし、大学共同利用機関からの人材の流失を引き起こしています。大学共同利用機関運営費交付金の基盤的経費の増額を求めます。
5.若手研究者の安定的ポストの増と教育研究条件の改善を行うこと
若手研究者支援としての「創発的研究支援事業」や「創発的研究若手挑戦事業」「大学フェローシップ創設事業」の各事業については一定の評価をしております。ただ、これらの事業は大学単位の指定であり、学術振興会などによるピアレビューの審査ではないので、審査方法等について、懸念もあります。
大学では、運営費交付金の基盤的経費の減少により、すでに採用・承認を抑制せざるを得ないほどに厳しい財政状況となっています。この状況のまま、若手教員比率の数値目標、業績評価の強化や流動性の向上、研究資金の重点化や外部資金の獲得目標を課せば、むしろ、任期付きの不安定なポストの若手研究者の増、「若手」年齢層を超えた研究者のポストの減少、中堅・シニア層への業務のしわ寄せが起こることが懸念されます。また、現在の若手研究者だけでなく、研究者としてのキャリアパス全体への支援がなければ結局のところ若手研究者が腰を据えて教育研究に従事することはできません。
政府としても若手研究者支援の重要性は認識されており、10兆円規模の大学ファンドの運用益を活用した博士課程学生への支援が行われることとなっているのは、その表れだと思います。また、国際卓越研究大学に認定された大学においては、その助成を活用した人材育成として大学院生・若手研究者への支援が拡大される可能性はあります。しかしながら、これらの支援は大学ファンドや国際卓越研究大学制度の目的に縛られ、在籍する大学や専攻する分野によって支援を受けられる機会が均等に保証されないという危惧を抱きます。
学術振興会の特別研究員など既存の制度の改善(通勤手当や健康保険関係)も必要と考えます。
若手研究者支援は、幅広く、中長期に渡って継続的に実施されることが肝要であり、そのためには若手研究者と大学が厳しい状況におかれている大きな要因である財政状況の改善が求められます。運営費交付金の基盤的経費の増額・安定により、各大学が継続的に若手研究者を育成できる環境整備が必要です。
6.有期雇用研究者の雇用の安定と無期転換にむけて適切に対応すること
上記5と関連することですが、「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」等にいう、いわゆる「10年上限」により2022年度末での研究者の大量雇止めが懸念されています。仮に多くの研究者が雇止めという事態になれば、研究者の雇用と生活の安定や研究者としてのキャリアへの影響はもちろん、研究の中断や研究チームの解散といった研究そのものへの影響は非常に大きいものがあります。日本の大学の研究力にとって大打撃となる恐れがあります。研究者以外の教職員も含めて、各大学等において、雇用の安定を確保する労働契約法の趣旨に則った対応が行われるよう適切な対応を求めます。
7.定年延長の着実な実施にむけて必要な予算措置を行うこと
各大学等において、定年延長の確実な実施と中堅・若手層の昇任機会や新規採用の確保ができるよう必要な予算措置を求めます。
8.教職員の労働環境の改善にむけた支援を行うこと
教職員の長時間労働の是正、ワーク・ライフ・バランスの確立、正規と非正規との不合理な待遇差の解消など、教職員が健康でモチベーション高く業務にあたることができるよう、先進例の共有や必要な人員補充を行うための予算措置を求めます。
一例として、教員の業績評価において、出産や育児等にかかる負担を配慮した方式を取るようガイドラインを設ける(育児休業の取得が業績評価に影響しないようにするなど)ことは、少子化対策や男女共同参画などの観点からも重要と考えます。
9.施設整備費を増額し施設整備の充実を図ること
施設整備の老朽化が進み、教育研究に支障が生じています。また、災害が生じた場合の施設の復旧に係る経費も十分に措置されているとは言えない状況にあります。各大学等の施設整備費および災害時の緊急的な復旧に対応するための予算の充実を求めます。
10.大学自治を尊重した自律的・自主的な大学運営の確保
2014年に学校教育法が改正され、教授会が「学長の諮問機関」と位置付けられ、学長に意見を述べる事項も「学生の入学、卒業、課程修了、学位授与」等に限定されました。また、いわゆる「学長選挙」についても、これを行わないようにとの政治的な圧力が強まっております。現状でさえ、国立大学法人法の規定は、学長を掣肘する仕組みを欠いたまま権限を集中させるという、いささか特異な組織形態となっております。それに加えて、大学ファンドによる支援を受ける国際卓越研究大学では、学長の上に最高意思決定機関としての「合議体」を置くことが議論されています。これでは、現場の研究者の意向とは関係のないところで大学の運営方針が決められていくことになりかねません。現場の研究者の意向を学長等の選考に反映させるための仕組みが必要と考えます。
国際卓越研究大学の趣旨としては、「研究者の自主性の尊重」などが謳われていますが、研究成果の活用という基本方針が所与のものとされたうえでの「自主性」とは、結局のところ政府の設定した目標を実現するための方法を各自で工夫する程度のものでしかありません。そのような限定された自主性を与えたところで、研究者が最大限度の創造性を発揮するとは思われません。根本的な目標の設定についても研究者の自主性を保障すること・研究分野の多様性を確保することで、真の意味でのイノベーションやレボリューションが実現されると考えます。
こうした点から考えると、「文部科学省に相談に行くと学部や研究科の改組が提案される」ことにも問題を感じています。現場のニーズに必ずしも即していない改組を行うために、大量の事務作業が発生し、教職員の時間がそれに割かれるだけでなく、教職員の人間関係も悪化します。政府が現場を信用し信頼する態度を持つことで、現場のポテンシャルが最大限に発揮されると考えます。
11.学生支援
2020年度から開始された新しい修学支援制度は初年度27万人に実施され、この制度によって進学できたという比率が34.2%であり、対象所得階層の進学率が約10%上昇したとされております。しかし、この制度の適用には厳格な所得制限があるうえ、留年した場合や履修科目の出席率が5割以下となった場合の支援打ち切りなどといった条件が付けられております。困窮世帯の学生は奨学金だけでは生活できず、アルバイトをする必要に迫られるなど、勉学に集中する環境が必ずしも整っていない実態を踏まえた対応が必要です。また、就職活動が思わしくなくて留年する場合などもあり、「留年イコール悪」というわけではありません。
上記のような問題もありつつ、修学支援制度により低所得層向けの支援が始まった一方で、中間所得階層の教育費負担も重く、修学支援制度の拡充が求められております。既存の学費減免制度の撤廃によって中間所得階層への支援が逆に後退していることも懸念されております。また、コロナ禍が長期化する中で、困窮する学生への支援も引き続き必要です。こうした観点から、今後は中間所得層への支援策の充実を求めます。
12.諸団体との連携と社会へのアピール
日本学術会議や国立大学協会をはじめとする高等教育・研究関連諸団体と連携し、運営費交付金の基盤的経費の削減による大学等の厳しい現状と、その十分かつ安定的な措置の重要性について、引き続き積極的にアピールすることを求めます。
以上