【見解】日本学術会議法案に反対する
2025年5月19日
全国大学高専教職員組合中央執行委員会
本年3月7日、政府は日本学術会議法案(以下、法案)を国会に提出した。法案は5月13日に衆議院を通過し、これから参議院で審議される予定である。わたしたち全国大学高専教職員組合中央執行委員会はすでに法案提出前に、有識者懇談会での検討を踏まえて問題点を指摘し、反対する趣旨の声明を発表している(「(見解)日本学術会議の法人化を目指すとする法案提出について」(2月7日))。そこで指摘した問題はすべて、今般実際に提出された法案に当てはまるものである。
まず法案では、現行の日本学術会議法にある「科学者の総意の下に・・・設立される」(前文)とする文に相当する文はなく、また「(政府から)独立して」(3条)職務を行うとする規定もない。たしかに法案は、日本学術会議の運営において「自主性及び自律性」に国は「常に配慮しなければならない」(2条)とは述べているものの、同法案が定めようとする新たなありかたは、実際には日本学術会議の自律性、ひいては日本における学問の自律性を著しく妨げるものとなっている。
第一に、法案は日本学術会議を法人とするとしている(3条)。これまで、日本学術会議は政府の特別な機関であった。法人化は一見、機関の独立性・自律性をより保障するものに見えるものの、実際にはその逆である。現に、国立大学すべては国立大学法人(独立行政法人のひとつの形態)に、そして多くの公立大学は公立大学法人(地方独立行政法人のひとつの形態)に転換されたが、その結果、大学自治にもとづく自律性がより損なわれているのが現状である。法案では、法人化に伴って「日本学術会議評価委員会」を内閣府に設置し、中期計画の策定と業務の自己評価について意見を述べるとしており(42条、44条)、委員は会員以外の者で「学術に関する研究の動向及びこれを取り巻く内外の社会経済情勢、産業若しくは国民生活における学術に関する研究成果の活用の状況又は組織の経営に関し広い経験と高い識見を有するもののうちから」内閣総理大臣が任命するとしている(51条)。この仕組みはそれだけでもすでに、政府から、また経済界等の学術活動の外部から、日本学術会議の活動と活動方針に干渉を加えることを可能とするものである。
さらに法案は、新たに、日本学術会議の運営を監督、評価するための諸制度を設けるとしている。法案は、日本学術会議の運営を監査する「監事」を置くとし、しかもこの監事の任命は「会員以外の者から、内閣総理大臣が任命する」としている(19条、23条)。さらに、日本学術会議の運営について会議の議案の作成等について意見を述べる「運営助言委員会」を設置するとしている(27条)。この委員会の委員の任命は会長の権限とされるものの、委員は「評価委員会」と同様に会員以外の者で「学術に関する研究の動向及びこれを取り巻く内外の社会経済情勢、産業若しくは国民生活における学術に関する研究成果の活用の状況又は組織の経営に関し広い経験と高い識見を有するもののうちから」選ぶとされている(同条)。これらの制度は、日本学術会議の活動に政府が干渉し、また、経済界等からの影響を及ぼすことを可能とするものである。
次に、日本学術会議の会員選考の方式についても大きな問題がある。法案は、日本学術会議内に「会員候補者選定委員会」を設けるとしているが、この委員会は、会員の選定にあたって「会員、大学、研究機関、学会、経済団体その他の民間の団体等の多様な関係者から推薦を求めることその他の幅広い候補者を得るために必要な措置を講じなければならない」と義務付けている(30条)。これは学問の自律性を保障するために日本学術会議がこれまで採用していたコ・オプテーションの原則を否定するものであって、このような規定があれば、結果として経済界等の学術領域以外の関与が強まることが危惧される。また、会員選定について意見を述べる「選定助言委員会」を設けるとしているが、この委員会の委員は科学者であることを前提としつつも、科学研究の動向を「取り巻く内外の社会経済情勢又は産業若しくは国民生活における学術に関する研究成果の活用の状況に関し広い経験と高い識見を有するもの」としており(26条)、経済界等の利害や方針を反映しやすいようにあらかじめ資格を限定している。このような仕組みは、前掲の運営に関する干渉ともあいまって、学問の自律性を脅かし、外部から政治的、経済的に力のある者によって日本学術会議の運営が左右されることが強く危惧される。
また次に、法案は附則において法案成立後に新たに125名の会員を選定することを定めているが、この会員の選定にあたって、現会長は、「内閣総理大臣が指定するもの」と協議することを義務付けるとしている(附則6条)。また、新しい日本学術会議の成立の日において会員である者は「承継会員」として引き続き会員となるものの、一律に令和11年9月30日をもって任期満了となり、再任は許されないとされ、現会員は原則として全員退任することが予定されている。これは、今までの法律のもとで自律性を保っていた日本学術会議の連続性を断ち、上述した諸規定を用いてまったく別の性格の、政府や経済界等の影響を強く受ける機関となってしまう。
このように法案は、日本学術会議の自主性、自律性を奪う方向で抜本的にその性格を変えようとするものであり、大きな問題をはらんでいる。
日本学術会議をめぐっては、すでに2020年9月に菅首相(当時)が推薦された会員候補の任命を拒否する事件が起きており、その問題は現在なお解決されていない。わたしたちは、その任命拒否という行為が、現行日本学術会議法に違反し、かつ学問の自由の原則に反するものであるとして抗議し、速やかなる任命を求めている(2020年10月3日、2021年10月12日)。法案は、そのような日本学術会議の正常なありかたを傷つける行為の延長上にあるものと見なさざるをえない。
すでにわたしたちがくりかえし述べているように、日本学術会議の自律性を保障するためには現行の法律が維持されるべきであって、今回の法案のような、日本学術会議の自主性、自律性を奪う変更は許され得ない。
全国大学高専教職員組合は、高等教育機関の教職員が集う労働組合として、労働条件、研究条件とならんで学問の自由を含む基本的人権を擁護することを責務とする。科学者を代表するアカデミーである日本学術会議の自律性を奪うことは、そのまま学問の自由を脅かすことであり、本組合の立場からして容認することはできないと考える。
以上の理由からわたしたちは、法案に反対するものである。